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東九

 前回に続き京都は東九条、通称東九(トンク)を20年ぶりに訪れました。この場所でどーのこーのはないのですが、翌日の仕事すっぽかしまくって多大な迷惑を懸けた人材派遣会社がここにあったものですから懐かしくつい車を止めました。時代はバブルど真ん中、半分近くピン撥ねされ若者日給9,000円、何故かおっさん10,000円。解体の仕事も多くアスベスト吸ったこと間違いなし。当時一人称が僕だったため朴さんになったのか飯場で渡された韓国人労働者向け弁当はキムチ入りで日本人向けより豪華と判明。通りでは朝からアボジ達は焼肉、その横に見たこともない大アリクイのような動物が確認される。地下鉄工事現場で運ばされた移動トイレのうんこがこぼれ、膝下にうんこつけて北白川までバスで帰宅、いろいろと偲ばれます。もう一つ、東九に家を借りていた#1レゲエソウルシンガー、カーティスフライに連れられ、駅前の今は組合の人ご用達サウナでタダ風呂に与り(カーティス親戚経営)、同じブロックにある中華そば屋でビールを飲むコース。店員がカーティス指して曰く“このお兄ちゃん今日二回目”とばらすほど美味かった。なんでもないことが幸せなの、とはあの頃のこと。
 呑気なこと申しましたが、京都に来て暫くして東九にゼロ番地という場所があることを京都人に聞きました。ショックでした。“バラックみたいなとこにベンツ数台、バーンと止まってんねん”て。新聞にもテレビにも出ないタブー感がありましたが、やっとここにも正式な地名がついたようです。(遅いわ!)
 さてその久方ぶりの東九ですが、空き地が目立ちかつての混沌とした喧騒、人間臭あるいは動物臭は思いのほか薄く、一画の人々は静謐の中にひっそり暮らしているような佇まいでした。とはいえここはフラッと来てパラパラッと撮って帰るような街とも思えず、なかなか人々に向かってシャッターが斬れなくて古い空き家なんかを数枚撮っただけの静かな再訪でした。

ジュンク西村

*写真は東九条北側七条で撮影

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