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老犬の偶景

 農家の犬というのは、跳ねられた経験でもない限り、大概軽トラック好きではないでしょうか。犬の一つの能力なのでしょう、実家にいた犬は、うちのいすゞとお隣のダイハツのエンジン音を完璧に聞き分けていました。野良仕事に借り出され軽トラの荷台でふてくされる少年のわしを横目に、犬は鼻先で風を心地良さそうに受け止め、散歩の時であればいがみ合うそこらの犬達には目もくれず、ご満足そうに威張っているのでした。しかし、ある日より一度のジャンプでは荷台に飛び乗れなくなり、自力での乗車さえ出来なくなると同時に精彩を欠き始め、定期的に痙攣の発作を起こし、やがて亡くなりました。飛び乗りに失敗した時、犬は強がることもなくその不様さを恥じ、間もなく乗ることを諦め、その衰えの自覚は老いに拍車をかけたかのようでした。
 かつては登山家の主人と日本中の山を駆け、彼の店の看板娘であったこのハスキーも自力でワゴン車に乗れなくなってからは引き篭もり生活が続いていますが、年2回のキャンプには顔を出します。歩行が困難なためテントの横でただ座っているだけなのですが、その場所の陽だまりの暖かさ、枯れ草の匂い、ざわめく雑木林の音などがかつて訪れた山山のそれらと一致した瞬間、もはや目のみえない彼女は、主人の歩く先を駆け巡った、あの時の風景を無意識に想っているに違いないと思うのです。

ジュンク西村

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