photographer says

ふらりスパニッシュハーレム


 微熱をも伴ったひどい口内炎は、初めてのニューヨークだというのに空港へ着いた時には唾を飲み込むことさえ苦痛となっており、痛みを治めるにはもう酒で誤魔化すことしか思い浮かばなかった。ライカを首から下げイーストハーレム、通称スパニッシュハーレムを徘徊した。2〜3軒目星をつけ、外から酒瓶の見えた2ndアヴェニュー角の食堂に入った。

 飯は痛くてとても食えず魚のスープと白ワインを若いウエートレスに頼んだ。オレのスペイン語が悪いのか、娘が酒のことを知らないのか、注文をどうしても理解できなかった彼女が奥のおやじに怪訝な顔で何か話すや否や、そのドミニカ生まれのおやじが近づいてきて“tenemos vino rojo o blanco pero no bronco”と応えるや否や、店内に笑いが起こった。白を意味するブランコをブロンコと間違って繰り返した、ただそれだけのことなのだが、メキシコ出身の女店主とウエートレスはちらちらとオレを見て笑いが止まらない。それはそうだろう,broncoは粗雑で荒々しいという意味だから。粗雑なワイン。何杯か飲み店の空気に溶け込んだかと思ったところで“hey,todos,vamos a tomar una foto”と呼びかけ、奥からは料理人も出てきて一枚だけシャッターを押した。

 その後Creoleという黒人バーでウィスキーを飲んだがもうひと浮かれしたいところだ。感謝祭前ということもあり、殆どの店が早く閉まっていたが、高架下方面の目立たないところにメキシカンバーが一軒だけ開いていた。ルペという店の女に乗せられ機嫌良く飲み続けた。残りの5ドルも使ってしまおうと最後のオーダーをしたのはいいが、それが1ドル札であることに気づき固まっていると横の若いチカーノが奢ってくれ、ご縁の印しにとポケットにあった五円玉をプレゼントした。

 3時過ぎに宿に戻ったのだがちょっとした勘違いでサブレットのその宿に入れず、寒さの中再び固まった。しばし考えジャマイカ駅で買ったメトロカードを思い出し116丁目駅へ向かう。6trainに乗りブロンクスの北からマンハッタンの南を何度も往復した。多くの泥酔者、宿無し、恋人、車両掃除人、朝方にはこれからダウンタウンへ給仕に向かうであろうメキシコ人達が乗り込む。向かいの座席ではバギーパンツを尻までずり下げ倒れこんだ黒人が“oh,oh,oh,oh.....feel so gooood!”と官能的ともいえる寝言を繰り返し、その野太い声が車内中に響く。フィルムを使い果たした後は行動、そして思考さえも殆ど止まってしまい、浮かぶことといえば“口内炎はなんとかこのまま治りそうだな”というぐらいなもので、あとは、さて一体どんな夢を見ているのか、“気持ちいい”と息荒く叫び続ける男の、歪んではいるが一時の幸せそうな寝顔を虚ろに見つめ朝を待つしかなかった。

ジュンク西村

www.flickr.com/photos/junku-newcleus/sets/72157622829179617/show/

Copyright © 2008 Nimaigai. All Rights Resreved.