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湯本温泉


 実家から車で15分のところに、湯本温泉という古い温泉街があり、礼湯、恩湯という二つの公衆浴場は200円と安く(原油高騰前は140円だった)、朝6時からやっており山口に帰ったら必ず寄る。その浴場から歩いて3分もかかるまい、サイディングの味気ない集合住宅群ばかりが増える中、深川のほとりに二階立ての8部屋ばかりの木造アパートがある。古いが朽ちたところもなく、二階の手すりは新しく青色に塗られ、大木のある庭の手入れも行き届いたこの小奇麗なアパートに数年前より小さな想いを馳せていた。
 発端を言うと・・・実家は下水道がないため長いこと汲み取り便所だったが、新築の家には個人の浄化槽の設置が義務つけられており、うちも微生物処理の小さな浄化槽を設けた。浄化された水はすぐ横の小川に少しずつ流すようになっている。とはいえ、写真現像の化学薬品をとても流す気にはなれず、将来いつ実家に戻るかも決めていないのに、暗室はどうしようかひとり気を揉んでいた。数年前のある日の湯本、一人の爺さんが風呂桶を抱え、恩湯からこざっぱりした顔で現れ、なんともいい風情であったので後を追ったのだが、爺さんは軽い足取りでこのアパートの敷地に入っていった。その姿を見るや否や、ここを借りて暗室にしようと考えた。湯本は下水道があるから現像液の説明書通り薄めて流せば問題ないだろう。名古屋に戻ってからその優等生な考えは、ほのかに硫黄の匂う湯に毎朝浸かればもう少し長生きするかもしれない、親父と折り合いが悪くなったらここに逃げ込もう、近くにうどんが食える寿司屋もある、もしや女を囲ったりして、といったある種の魂胆に膨らんでいったのだが、暇があれば長門湯本、不動産で検索しこのアパートを探ったり、あの爺さんのように桶を抱えた自分とその生活を空想した。そして帰省の度にそのアパートの裏に回ったりして空き部屋を確認し、どうも住民は年寄りばかりだし、まあこの先の空き部屋については余裕であろうと考えていた。
 先日も恩湯の湯船をフルチンで撮影した後、開創600年の行事で賑しい大寧寺という古い禅寺まで散策した。アパートからすぐ、JRの線路擦れ擦れのところにオレが中坊の頃はストリップ小屋であったスナックがあり、ママらしい人が出てきたのでもしやと思い家賃なぞ探りをいれてみた。彼女はアパートのことをよく知っていた。ママ曰く、
“部屋は空いちょるけど、大家さんははぁー(もう)辞めたがっちょってやけー貸しちゃあないですよ。今住んじょる人がおらんごとなったら(死んだら?)壊すって聞いたけどねえ・・・”
聞くや否や、今日の技術なら家の浄化槽に流してしまっても大丈夫ではないか、とその性能が気になり出していた。

ジュンク西村

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