photographer says

Gate Crasher 2011正月


 かつて、酔っては一升瓶を抱え、勝手口から“おるかー”といきなり訪ねてくる炭鉱夫のおじさんがいた。もう就床していても親父は起きてしばしば付き合っていたが、お袋共におじさんへの不平ひとつ聞いたことがない。近隣ゴシップ好きのお袋は、実はあのおじさんは親父の腹違いであるかもしれないと言い、一度酔ったときそれを親父に問うたが否定した。それはともかく、オレはこのハチャメチャなおじさんが好きだった。だからオレが帰省したとき、酔うとなんとなく親しみをもつ家に顔を出すのはこのおじさんを手本にしているのだと思っている。
 この正月は起床してすぐドブロクを飲んで近くの神社に参り、その足でオレはかつて養豚場を夫婦で経営していた80歳のおばちゃんを訪ねた。おばちゃんの主人はオレが酔って訪ねた時、歩行が困難にも関わらず一緒に酒を飲んでその4日後に亡くなった。子のいない一人身のおばちゃんは正月の突然の“挨拶”を歓迎してくれ、前回のように子供を早く作れとしきりに説き、手作りのうさぎのカップルの人形をくれた。
 少し酔いが覚めたので一度帰宅し、残りのドブロクを飲み干し、外で雪ダルマを作りながら、“よし、今日村の連中を全員撮ってやろう。”と意気込み隣りの家を訪ねた。ここの娘は今37歳のはずだが中学校を卒業してずっと引きこもりだ。見えない彼女に“あけみちゃん、元気にしょるかん?”と呼びかけ、出てきたおじさんだけを撮った。
 次はよく猪肉をくれるひろちゃんを訪ねる。ひろちゃんは今年農協を退職する年男である。“年始挨拶にはちと早いがオレんちにしょっちゅう飲みに来るのだからええやろ”と勝手に決め込み、勝手口から勝手に入ると息子二人とその奥さん達、奥さんの連れ子やら大人数だった。これから皆でお宮に参るというところをしらーっと座る。セメント鉱山で発破士をしている次男は、また飲まされると思ったのか二階に上がっていった。その母親の“なんぼ正月ゆーてもよそにはよその都合があるんよ”というセリフはもはや嫌味を超えていたが、オレは“なんかないん?”とツマミを無心した。あとはよく憶えず、出された生ウニを、“不味い。ミョウバンの味がする”と評したようだが、最後はきちんと集合写真を撮った。額装して贈って差し上げようと考えている。

ジュンク西村


※写真はまたその次の家を訪問したとき。

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